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お疲れさまでした。
今年の年度末は、特別。

35年福祉施設に勤めていた旦那さんが、本日、退職をしました。

定年まであと3年あったけれど、明日どうなるかわからない年齢になったので、

私の事業所で一緒に働いてもらうことになりました。

入所施設に勤めていたので、お休みの日もバラバラ・・・。

いつもすれ違いの生活でした。

一昨年、妹の旦那さまが52歳でこの世を去りました。

親と縁の薄かった私たちですから、家族の大切さは身に染みています。

だから、一緒に過ごす時間を作りたいと思ったのです。

限られた時間ですから・・・。ね。

これからは、お互いの時間も大切にしながら共に楽しみを見つけていきたいな。

今週の土日は、久しぶりにゆっくり出来そうです。

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子どもの幸せ
「子どもたちの幸せ」は、どこにあるのだろう?

そんなことを考えることが、多くなった。

小さな子は、守られている安心感から少しずつ自分の足で歩み始める。

少し大きくなると、「自分で歩いてみたい」と怖いもの知らずに歩んでゆく。

歩んでみて、転んでみたり、怪我をしてみたり・・・。

自分で道がでこぼこであることや危険なことがあることに気づき、自分で気をつけるようになっていく。

痛かったり、辛かったりしたとき「痛かったね。」「辛かったね。」と共感し、次に歩むためのエネルギーを補給するのがおとなの役目だと私は思っている。

けれど、今、周りを見ていると「危ないから、一人で歩いちゃだめよ!」と言わんばかりに子育てをしていないか?と。

いつも「あれは〇〇だから・・・。」「これは、△△よ。」と大人が経験して来たことを伝えすぎていないだろうか?


小さな子どもは、見守ることが大切なことだと思う。

けれど、見て、見ないふりをすることも大きくなる過程の中で必要になって来るのでは、ないのかな?と。

子どもは、親の合わせ鏡。

親が、子どもの心配ばかりしていると子どもはそれに答えてくれて、いつも確認せずにはいられなくなる。

もちろん親だから心配なのは、当たり前。

だからこそ、思うのです。

子どもと一緒にいる時間を大切にしてほしいと。

数字が書けるとか、ひらがなが読めるとかよりも

「自分は何がしたいか」「何がしてみたいのか」を伝えられる子どもにしてあげてください。

それは、言葉だけでなく、その子を見つめることで知らせてくれるはず。

その時間が、子どもの本当の幸せを育んでいるのだ。と。

私は、そう、信じています。



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憂い
もうすぐ、2016年度も終わります。

とにかく、バタバタの1年でした。

毎日が駆け足。

立ち止まって考える時間の大切さを知りながら、立ち止まるとそのまま倒れそうな気持ちになったのも事実。

そんな生活の中で感じたことは、「この国、だいじょうぶかな?」です。

テレビをつけると、胡散臭い教育者が子どもたちにうがった教育をしようとしてる。

そして、そこには、見えない支援があったりする。

今日のテレビでも原発ののことで東京理科大大学院の先生が言っていました。

「官僚は、自分の出世しか考えていないから、何事もないように、見て見ぬふり、政治家は票になる仕事しか考えていない」

と。

本当だ。

「いじめは、だめ!」「よくない」と言いながら、おとなが平気で自分と考え方の違うおとなをいじめている。

「差別禁止法」・・・差別はいけない。

そんなことを言いながら、療育中利用者さんと電車に乗ると、潮が引くように人がいなくなります。

学校は、学校で「教育と療育は違います!」なんてのたまう教員がいたり・・・。

私は、子どもたちが幸せに自立した生活が出来るように「生きることに必要なこと」を伝えることが療育だと信じています。

それは、一人ひとり違って当たり前で、特別支援級だから環境が保障されるはず・・・。と考えます。

けれど、それさえ、うまくいかず、学校へ行けなくなる子どもも増えています。

「なぜ?」

関わる大人たちが、気づかないふりをしているのでしょうか?

「特別扱いできない」「時間がない」が決まり文句。

特別に支援が必要な子どもたちなんだから、特別扱いしてください。

そして、その子が力が付いたら、見守ってあげてください。

ん~~~~~~~。

すみません。今日は、苛立っています。


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根気
この2週間、来年度の予定表作りや準備と個別面談の準備に追われた。

毎日のように利用希望の電話が鳴る。

事業主としては、ありがたいこと。

けれど、裏返せば、それだけ「発達障がいの子どもたちがたくさんいて、親御さんたちが不安を抱えている。」ということだ。

親になって、子育てを楽しみにしていたはずなのに、思っていた子どもの成長と目の前にいる子どもの姿が違えば、日々不安が募るだろう。

すぐにでもそばに行って「大丈夫!一緒に育てましょう」と言えたらいいのに、ままならない。

受け入れる人数が増えれば、増えるほど寄り添える時間が少なくなる。

スタッフを育てることが重要になってくるのは、必然。

けれど、支援計画を一緒に立てていると、そこに「なぜ?」がないのに愕然とする。

「なぜ」今、その課題を提供するのか

自分は、その子に「何を」伝えたいのか

そのためには、「どこ」を見て、探るのか。

こんな、やり取りを続けていて今回もつくづく感じた。

生まれたときから、便利な社会で育ち、大人たちに大事にされ、「考える」時間もなく机上のカリュキュラムを従順にこなしてきたのだろう。

だから、「生きるために大事なこと」と言われてもピンと来ない。

障がいをもっている子どもたちに、まず、伝えなければいけないことは「嫌だと言っていいことだ。」と私は思う。

「嫌だ」を受け入れてもらうことで、「わかってもらえる」を体感してもらうことだ。

「嫌だ」を受け入れてもらえないから、もっと、「嫌がられることをして」伝えなければならない。

挙句の果てに、「行動j障がいだ」なんて言われてしまう。

子どもたちは、一生懸命、自分の伝えたいことを発信しているのに、鈍い大人たちが気付かない。

いや、気づかないふりをしているのかもしれない。



毎日、毎日、考える。

子どもたちの本当の幸せって何?と。

新しいゲーム機が手に入ること?

素敵な遊び場にいくこと?

私は、違うと思う。

親と一緒に、同じものを見、共感してもらうことだと思う。

好きなものを一緒に食べ、「おいしいね」と見つめ合う時間だと思う。

私たち療育者は、親にはなれない。

だけれど、親と力を合わせて子どもたちの幸せを願うことは出来る。


私も諦めることなく、取り組まなければならない。

まずは、仲間を育てること。

根気よく。
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学び
だいぶ、お休みをしてしまいました。

今日は、久しぶりに平日休み。

以前、お世話になった先生(現在は岡山県にある大学の准教授)の講演会に参加することが出来ました。

「思春期・青年期の自閉症の行動マネージメント」のお話でした。

今、私が関わらせてもらっている子どもたちは、2歳から18歳。

5年前まで先生にSVをしていただいていた子どもたちが、まさにその時期になっています。

「〇〇クンが、△△さんが・・・。」と短い時間でしたが、子どもたちの成長の話も出来ました。

事業をはじめてこの4年。

なかなか講演会や研修に出かける余裕がありませんでした。

ようやく今年度は、相談支援専門員の研修から少しずつ、学びを意識した時間を持てるようになりました。

今日の大学の先生には、十数年前から自閉症児への対応を教えていただいて来ました。

その子の特性に寄り添い、よく知ること。

問題行動は、環境が作り出すもの。

「理解」と「支援」にあふれた対応を経験することで安心して社会に出る準備が出来る。

本当に、心から私も思います。

出会ったころは、暴れん坊だった男の子が素敵な青年になってもうすぐ卒業します。

泣いて、自分の頬を真っ黒にたたいていた男の子も今では、パスモを使い電車に乗って支援校から帰って来ます。

おまけにコンビニで買い物をし「ありがとう」と言える青年になりました。

もちろん、みんな「自分で出来ることは、自分でします。」

どんな生きずらさを抱えていても、どの子も「自分で出来る」ことは、誰の手もいらないのです。

スモールステップでそう導くのが、私たち療育者の役目であることをまた、確認出来ました。

また、学びたい。

そんな気持ちになりました。

親の会の皆さま、ありがとうございました。

心から感謝します。

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